1. はじめに:ベトナム医薬品市場の概観と輸入の重要性
ベトナムの医薬品市場は、その急速な成長と戦略的な位置付けにより、国際的な注目を集めています。専門研究機関であるIQVIAインスティテュートの評価によれば、ベトナムは「Pharmerging Markets」グループ、特に10%以上の成長率を持つ第3グループに分類されており、世界で最も急速に成長している市場の一つであることを示唆しています 。
市場規模と成長トレンド ベトナムの医薬品市場は、2015年の約27億米ドルから、2023年には70億米ドルを超え、Fitch Solutionsの予測では2026年には161億米ドルに達すると見込まれており、堅調な拡大が続いています 。年間平均成長率は10〜12%と高く、特にハイテク・高付加価値医薬品の分野では、2022年から2024年にかけて年平均10.4%という顕著な成長率を記録しています 。この成長は、医薬品市場への投資魅力を一層高めています。
現在の市場構成を見ると、国内生産品が42%を占めるのに対し、輸入品が58%と過半数を占めており、ベトナム市場が依然として医薬品輸入に大きく依存している実態が明らかになっています 。医薬品の種類別では、処方箋医薬品(ETC)の市場シェアが増加傾向にあり、2023年の76.1%から2028年には77.4%に上昇すると予測されています。これは、慢性疾患の増加が主な要因であり、一般用医薬品(OTC)市場も堅調に成長を続けています 。
主要な成長要因 ベトナムの医薬品市場の成長は、複数の要因によって推進されています。第一に、人口の増加とそれに伴う医療ニーズの高まりが、医薬品需要を継続的に押し上げています 。特に、高齢化社会の進展と慢性疾患の増加は、医薬品支出の急増を予測させる主要なドライバーとなっています 。所得水準の向上と公衆衛生意識の高まりも、一人当たりの医薬品支出の増加に寄与しています 。さらに、ベトナム政府の医薬品産業に対する積極的な支援策と国際市場への積極的な参加が、業界全体の発展を後押ししています 。
外国企業にとっての機会と課題 ベトナムの医薬品市場は、外国企業にとって魅力的な機会と同時に、特有の課題を提示しています。
- 機会:
- 高い輸入依存度: 市場の58%を輸入品が占める現状は、外国企業にとって大きな市場参入機会を提供します 。
- 規制緩和とFIEの権利拡大: 2024年改正医薬品法(Law 44/2024/QH15)により、外国投資企業(FIEs)の権利が拡大され、技術移転や現地製造への投資が促進される見込みです 。
- M&Aの活発化: 中国のLivzonによるImexpharmの買収のような大規模なM&A取引は、ベトナム医薬品市場が外国投資家にとって魅力的な投資先であることを明確に示しています 。
- 国内産業育成策との連携: EU-GMP基準を満たす国内企業を優遇する新たな入札政策は、外国企業がこのような施設に投資したり、戦略的に提携したりする機会を生み出す可能性があります 。
- EVFTAの影響: 欧州連合・ベトナム自由貿易協定(EVFTA)は、EU企業の市場参入を促進し、臨床研究、輸入、倉庫保管、認可された流通業者への再販を可能にしています 。
- 課題:
- 流通制限: 過去の保護主義的な傾向は緩和されつつありますが、外国企業が直接エンドユーザーに流通させることには依然として制限があり、現地卸売業者や製造業者への販売が求められます 。
- 競争激化: EVFTAの発効や、単一の有効成分に対して複数の登録番号を許可する改正医薬品法により、市場競争が激化しています 。
- コスト圧力: 原材料に対する輸入税が高い場合があり、これがコスト圧力を生じさせる可能性があります 。
- 偽造医薬品問題: 偽造医薬品や粗悪品の流通は、公衆衛生を脅かし、市場全体の信頼を損なう深刻な課題です 。
- 規制の複雑さと承認期間: 規制の複雑さと承認プロセスの長期化(医療機器で2〜3年、医薬品でも同様の遅延の可能性)は、市場参入の障壁となることがあります 。
- 初期投資: 現地製造には多額の初期投資が求められます 。
市場動向に関する考察
ベトナム政府は、2024年改正医薬品法(Law 44/2024/QH15)やEVFTAを通じて、外国投資企業(FIE)の権利を拡大しています 。これは、過去の保護主義的な姿勢から、より管理された自由化へと戦略的に転換していることを示唆しています。政府の意図は、現地製造と研究開発を促進するために外国投資と技術移転を誘致しつつ 、国内の流通チャネルを保護することにあると見られます。したがって、外国企業は、拡大された権利を活用しつつも、直接小売流通の継続的な制限を考慮した市場参入戦略を適応させる必要があります。これは、単なる輸入依存ではなく、ベトナム国内での価値創造への推進を示唆しています。
現在のベトナム市場は58%が輸入に依存しており、外国医薬品への強い依存を示しています 。しかし、首相決定270/QD-TT-g()では、医薬品原材料の国内供給(2030年までに20%)と完成品の国内供給を増やす明確な目標が掲げられ、GMP準拠工場への投資が奨励されています。また、新しい入札政策はEU-GMP準拠の国内メーカーを優遇しています 。この状況は、外国企業がダイナミックな市場に直面していることを意味します。現在は輸入が重要ですが、将来の政策は輸入依存度を減らすことを目指しているため、外国企業の長期的な成功には、現地生産のローカライズ、技術移転への関与、またはEU-GMP準拠の現地企業(Imexpharmなど )との戦略的パートナーシップの形成が不可欠となるでしょう。単に輸入ライセンスに依存するだけでは、時間が経つにつれて競争力が低下する可能性があります。
さらに、偽造医薬品や粗悪品の蔓延は、公衆衛生に深刻な脅威を与え、市場の信頼を損なっています。2024年の報告では、検査されたサンプルの0.53%が基準を満たしていませんでした 。政府は、検査の強化、トレーサビリティのためのブロックチェーン技術の導入、早期警戒システムの構築などで対応しています 。このような状況において、外国企業にとって、堅牢な品質管理とGMP準拠(特にEU-GMPやSRA基準)を示すことは、単なる規制上のハードルではなく、重要な競争優位性となります。これにより、消費者や医療提供者の信頼を築き、品質問題に悩まされる市場で製品を差別化できる可能性があります。また、バーコード、QRコード、ブロックチェーンなどのトレーサビリティ技術への投資は、政府の取り組みに沿い、ブランドの評判を保護するための積極的な戦略ともなり得ます。
表1:ベトナム医薬品市場の主要指標
指標 | 概要 | データ (出典) |
---|---|---|
市場規模 (USD) | 2015年 | 約27億 |
2023年 | 70億超 | |
2026年予測 | 100億超 / 161億 (Fitch Solutions) | |
年間成長率 | 全体 | 10-12% |
ハイテク・高付加価値医薬品 | 2022-2024年 平均10.4% | |
市場シェア | 国内生産品 | 42% |
輸入品 | 58% | |
医薬品種別シェア | 処方箋医薬品 (ETC) | 2023年 76.1% → 2028年予測 77.4% |
一般用医薬品 (OTC) | 2024-2028年 CAGR 3.49% (Mordor Intelligence) | |
主要成長要因 | 人口増加、医療ニーズの高まり、高齢化、慢性疾患の増加、所得水準向上、公衆衛生意識向上、政府支援 |
2. ベトナムの医薬品規制当局と法体系
ベトナムにおける医薬品の輸入および流通は、複数の規制当局と進化する法体系によって厳格に管理されています。これらの機関と法規の理解は、市場参入を検討する企業にとって不可欠です。
主要規制機関とその役割 ベトナムの保健医療政策を統括する主要機関は保健省(Ministry of Health – MoH)です。MoHは、医療機器や医薬品の規制を含む広範な保健医療政策を管轄しています 。
MoHの傘下には、医薬品規制の中核を担う医薬品管理局(Drug Administration of Vietnam – DAV)が設置されています。DAVは、医薬品の審査を含む薬事業務全般、医薬品の流通登録、品質管理、医薬品および化粧品に関する法的文書の発行を担当しています 。DAVの具体的な責任範囲は多岐にわたり、政策・法規の策定、医薬品・医薬品原料の流通登録(承認の付与、延長、変更、取り消し)、自由販売証明書(CFS)や医薬品証明書(CPP)の発行、医薬品リストの公開、臨床試験規制の策定などが含まれます 。
また、医療機器の分野では、医療機器・施設局(Department of Medical Equipment and Health Works – DMEHW)が保健省と協力し、医療機器規制の管理と申請業務を担当しています 。さらに、計測機器である医療機器の承認、検査、校正などには科学技術省(Ministry of Science and Technology)が関与します 。医療機器の輸入に関する事業許可は、計画投資局(Department of Planning and Investment)がベトナム企業にのみ発行しています 。
法体系と最近の改正動向 ベトナムの医薬品規制の法的枠組みは、近年、投資誘致と国内産業育成の目標に沿って大幅な改正が加えられています。
- 2016年医薬品法: 医薬品の登録、製造、流通、輸入、価格規制を網羅する主要な法的枠組みとして機能していました 。
- 2024年改正医薬品法(Law No. 44/2024/QH15): 2025年7月1日に施行されるこの法律は、2016年版を改正し、投資促進、現地製造の強化、流通効率の向上、外国投資企業(FIEs)の権利明確化を目指しています 。主な変更点としては、国内生産の強化、薬局チェーンの規制、Eコマース機会の拡大、FIEの権利明確化(技術移転製品の買い戻し、APIの輸入、卸売業者への輸送、治験薬の配送など)、医薬品登録手続きの簡素化、価格管理の厳格化が挙げられます 。
- Circular No. 12/2025/TT-BYT: 2025年5月16日に発行され、2025年7月1日に施行されるこの通達は、Circular 08/2022/TT-BYTおよび関連する複数の通達を置き換えるものです 。この通達の主要な変更点には、一般用医薬品(OTC)の固定リストを廃止し、原則に基づいた分類を導入したこと、医薬品証明書(CPP)要件を緩和し、製造国の管轄当局または欧州医薬品庁(EMA)/厳格規制当局(SRA)からの単一CPPで十分としたこと、補足申請書類の提出期限を6ヶ月に短縮したこと、そして補足審査回数を最大2回に制限(2回目で新たな要件が生じた場合のみ3回目を許可)したことが含まれます 。
- Circular 23/2023/TT-BYT: 2023年11月30日に発行され、2024年1月15日に施行されたこの通達は、医薬品の表示および包装規制を更新しました 。主な変更点には、放射性医薬品および緊急医薬品に対する柔軟な規制の導入、必須情報が不足している輸入品への二次表示義務、ベトナム語添付文書の通関手続きの簡素化、最小単位での有効成分表示義務、多回投与液剤・半固形製剤の表示ガイドライン、製造日・有効期限・ロット番号のベトナム語表示義務、バーコード・QRコードの組み込み、そしてジェネリック医薬品の継続的な情報更新義務が挙げられます 。
- 首相決定270/QD-TT-g: 2025年3月13日に公布されたこの決定は、「2030年までの医薬品産業発展計画および2045年までの展望」を定めています 。この計画の目標は、2030年までに医薬品原材料の国内需要の20%を国内生産で供給し、健康補助食品・化粧品原材料の50%を国内供給すること、そして特定の天然医薬品の輸出成長率を年間10%以上に維持することです。2045年までの展望では、ベトナムの製薬産業を高度な技術を持つ競争力のある産業とし、グローバルな医薬品バリューチェーンに参画し、年間生産成長率8〜11%を維持することを目指しています 。戦略としては、高付加価値分野としての位置付け、ベトナムの天然資源を活用した医薬品開発、原材料生産地域への投資計画、多国籍企業への化学合成医薬品生産投資促進、国内企業への天然由来医薬品開発促進、研究開発(R&D)の強化、国際協力などが含まれます 。
規制当局と法体系に関する考察
2024年から2025年にかけて施行される複数の通達(Circular 12/2025、Circular 23/2023)と改正医薬品法(2024年)は、単なる偶然の一致ではありません 。これらの変更は、CPP要件の簡素化 、登録手続きの合理化 、バーコードなどの現代的な要素を含む表示の更新 など、ベトナムの規制環境が近代化、透明性の向上、そしてグローバルスタンダードとの整合を目指していることを示しています。特に、OTC医薬品の固定リストを廃止し、原則に基づいた分類を導入したこと や、EMA/SRA評価報告書を重視する姿勢は、国際的なベストプラクティスとより機敏な規制環境への移行を示唆しています。このことは、外国企業が新しい規制を単に知るだけでなく、その背後にある「意図」、すなわち近代化、透明性の向上、グローバルスタンダードとの整合を理解する必要があることを意味します。これにより、より予測可能でありながら、依然として複雑な規制状況が生まれる可能性があります。単に反応するだけでなく、これらの新しい枠組みに積極的に関与することが、効率的な市場参入と継続的なコンプライアンスにとって不可欠となるでしょう。
2024年改正医薬品法が投資を誘致するためにFIEの権利を拡大している一方で 、首相決定270/QD-TT-g は、医薬品原材料と完成品の国内生産目標を明確に掲げ、新しい入札政策はEU-GMP準拠の国内企業を優遇しています 。これは、外国投資家にとって微妙な環境を作り出しています。ベトナムは市場を開放していますが、それは明確な戦略的目標、すなわち自国の医薬品の自給自足とハイテク能力の構築を伴っています。外国企業は技術と投資をもたらすことが奨励されますが、強化された国内企業からの競争の激化や、将来的には純粋な輸入よりも現地製造を奨励する政策の可能性を予期すべきです。戦略的パートナーシップと技術移転のイニシアチブが、長期的な成功の鍵となるでしょう。
さらに、MoHとDAVが医薬品規制の中心的な役割を担っている一方で 、科学技術省 や情報通信省(Wi-Fi/Bluetooth医療機器の場合 )など、他の省庁も医薬品関連の活動に関与しています。医薬品に関する情報でMoHとDMEHWが医療機器の文脈で言及されていること は、統合された、しかし複雑な規制エコシステムを示唆しています。例えば、医薬品と医療機器の複合製品や、医薬品のような効能を謳う健康補助食品など、境界が曖昧な製品や、標準的な医薬品登録を超えた特定の技術承認が必要な製品を扱う企業は、より広範な規制状況を認識する必要があります。DAVのみに焦点を当てたサイロ化されたアプローチは、見落としにつながる可能性があります。包括的なコンプライアンスのためには、様々な省庁にわたる全体的な規制情報収集が不可欠です。
3. 医薬品登録要件とプロセス
ベトナムで医薬品を流通させるためには、厳格な登録要件とプロセスを遵守する必要があります。これは、製品の安全性、有効性、および品質を確保するための重要なステップです。
登録の前提条件 ベトナムで医薬品または医薬品原材料を輸入するには、まず、当該製品を製造、卸売、輸出、輸入に従事する施設または企業である必要があります 。特に、外国の医薬品および医薬品原材料を扱う企業は、ベトナムに代表事務所を設立することが義務付けられています 。登録される医薬品は、安全性と有効性が確保され、必要な条件を満たす施設で、医薬品製造プロセスと品質基準に従って製造されていることが必須です 。
登録申請の種類 医薬品登録申請には、いくつかの種類があります 。
- 新規登録: ベトナムで流通登録番号を持たない製品、または大幅な変更があった製品、あるいは失効した番号で新規登録が必要な製品が対象です。
- 再登録: 登録番号が失効し、更新要件を満たさない製品に適用されます。
- 更新登録: 登録番号が失効しているが、特定の基準を満たし、複数回の更新が可能な製品に適用されます 。
- 変更登録: 登録番号の有効期間中に、製品情報や製造プロセスなどに変更がある場合に行われます。
有効期間と更新期限 医薬品登録証明書の標準的な有効期間は、発行または更新日から5年間です 。ただし、新薬、ワクチン、初回生物学的製剤、または継続的な安全性・有効性監視が必要な医薬品には、3年間の有効期間が適用されます 。流通の中断を避けるため、登録を継続したい企業は、有効期限の12ヶ月前までに更新申請書を提出する必要があります 。また、更新申請が係属中にマーケティング承認(MA)が失効した場合でも、承認または正式な却下があるまでMAは有効であるとされています 。
必要書類の詳細と申請手続きの流れ 医薬品登録申請書類は、ASEAN共通技術文書(ACTD)形式に従い、4部構成となっています。新規有効成分の場合、ICH-CTDも許容されます 。
- パートI:行政文書および医薬品情報: 登録申請書、委任状、事業証明書、医薬品証明書(CPP)/自由販売証明書(FSC)、GMP証明書、ラベル、製品情報、製造業者の全体記録などが含まれます 。
- パートII:品質報告書: 品質概要、内容、図表、参考文献などが含まれます 。
- パートIII:非臨床または安全性試験: 非臨床試験の概要と報告書が含まれます 。
- パートIV:臨床または有効性試験: 臨床試験の概要と報告書が含まれます 。
特に、Circular 12/2025/TT-BYTによりCPP要件が緩和され、製造国の管轄当局またはEMA/SRAからの単一のCPPで十分とされ、医薬品が認可され、積極的に販売されていることを確認します 。外国製薬会社がCPPを保有しない場合、FSCが必要です 。また、登録当局がGMP基準の確認なしにFSCまたはCPP証明書を発行する場合、外国製造会社のGMP証明書が必要となります 。EMAまたはSRAで承認された医薬品の場合、その初回承認日から5年以内にベトナムで申請書類を提出する必要があり、評価報告書と類似性比較表を含める必要があります 。
申請書類の言語については、国内医薬品はベトナム語、外国医薬品はベトナム語または英語で提出可能ですが、患者情報リーフレット(PILs)と製品特性の要約(SmPC)はベトナム語に翻訳する必要があります 。形式はA4サイズで、目次に従って整理され、番号が振られたセクションと確認印、ラベルや添付文書へのスタンプが必要です 。
申請手続きは、保健省(製造、輸出入など)または地方保健局(卸売、小売)に書類を提出することから始まります。受領後、受領確認書が発行され、30日以内に処理されるか(または20日以内に検査)、不備がある場合は10日以内に書類追加の要請があります。補足審査は最大2回までとされ、2回目で新たな要件が生じた場合のみ3回目を許可する形となります 。
所要期間については、従来は修正後8〜9ヶ月で承認(ビザ)を取得するのが一般的でしたが 、新規則施行後は12〜15ヶ月かかる可能性があるとされています 。新規登録/再登録の審査期間は6ヶ月以内(新法では12ヶ月に変更) 、更新は3ヶ月以内 、主要な変更は90日、軽微な変更は60日とされています 。治験目的でMAなしの医薬品を輸入する場合、別途輸入許可なしで輸入可能ですが、特別管理医薬品は除かれ、数量や種類はMoHが決定し公開します 。
しかし、審査システムには課題も存在します。新規申請に明確な期限がないこと、審査官からのフィードバックが多様であること、すでに提出された書類の再提出要求(紛失の可能性)、更新期間が予測不可能であり、有効期限までに審査が完了しないリスクがあること、そして「コネクション」の重要性といった非公式な側面が指摘されています 。
医薬品登録に関する考察
新しい規制(Circular 12/2025、改正医薬品法)は、CPP要件の緩和、補足書類提出期限の短縮、更新手続きの簡素化など、手続きの簡素化と期間短縮を目指しています 。しかし、過去のデータでは承認に長期間(8〜9ヶ月、新規則で12〜15ヶ月の可能性)を要し 、PMDAは「新規申請に明確な期限がない」「更新期間が予測不可能」といった課題を指摘しています 。これは、規制の「枠組み」は近代化されていますが、「実務上の運用」は依然として大幅な遅延と不確実性を伴う可能性があることを示唆しています。外国企業は、想定よりも長い期間を見込み、フォローアップや複数回の書類追加要請に対応するための十分なリソースを割り当てるべきです。で言及されている「コネクションの重要性」は、デリケートな点ですが、現地の官僚的な複雑さを乗り越えられる経験豊富な現地薬事担当者の必要性を示唆しています。
Circular 12/2025は、EMA加盟国またはSRAからの単一のCPPを明確に許可し、EMA/SRA承認から5年以内に評価報告書と類似性比較表を添付して提出することを義務付けています 。これは以前の要件からの緩和です。この政策は、すでに厳格な規制当局によって承認されている医薬品を強く奨励しています。外国企業にとって、EMAまたはSRAの承認を得ていることは、ベトナムでの登録プロセスを大幅に合理化し、ベトナム固有の申請のために広範な新規データを生成する負担を軽減する可能性があります。これは、強力な国際的な規制上の実績を持つ製品にとって戦略的な優位性があることを示唆しています。
合理化の努力にもかかわらず、ベトナムの規制の複雑さ(例:特定の書類形式、言語要件、多様な審査官のフィードバックの可能性)は、強力な現地拠点を必要とします。外国企業は、医薬品を登録するためにベトナムに代表事務所を設立することが必須であり 、登録プロセスは「時間がかかり」、「深い知識、手順の確かな理解、書類作成の経験を持つ薬事担当者」を必要とすると説明されています 。これは、社内に専門知識を持つ専任の代表事務所を設立するか、より一般的には、医薬品薬事規制に特化した経験豊富な現地コンサルタントや法律事務所を起用することを意味します。この現地の専門知識は、実務を乗り越え、コンプライアンスを確保するために極めて重要です。
表2:医薬品登録申請の主要必要書類一覧
ACTD/ICH-CTDパート | 書類カテゴリ | 具体的な書類例 |
---|---|---|
パートI | 行政文書および医薬品情報 | 登録申請書、委任状、事業証明書、CPP/FSC、GMP証明書、ラベル、製品情報、製造業者の全体記録、MAなしの治験薬輸入許可(該当する場合) |
パートII | 品質報告書 | 品質概要、内容、図表、参考文献、原薬および製剤の品質管理データ(仕様、分析手順、バリデーション、不純物特性など) |
パートIII | 非臨床または安全性試験 | 非臨床概要、非臨床要約、非臨床試験報告書、主要文献リスト |
パートIV | 臨床または有効性試験 | 臨床概要、臨床要約、全臨床試験リスト、臨床試験報告書(可能な場合)、参考文献 |
表3:医薬品登録証明書の有効期間と更新期限
項目 | 詳細 |
---|---|
標準有効期間 | 発行または更新日から5年間 |
特別有効期間 | 新薬、ワクチン、初回生物学的製剤、または継続的な安全性・有効性監視が必要な医薬品の場合、発行日から3年間 |
更新申請提出期限 | 流通の中断を避けるため、有効期限の12ヶ月前までに申請書を提出 |
更新申請中のMAの有効性 | 更新申請が係属中にMAが失効した場合でも、承認または正式な却下があるまでMAは有効 |
4. GMP(適正製造規範)基準とコンプライアンス
医薬品の品質、安全性、有効性を保証する上で、適正製造規範(GMP)は国際的に認識された基盤です。ベトナムにおいても、GMP基準への適合は医薬品の製造・輸入・流通において極めて重要な要件となっています。
ベトナムのGMP基準と国際的な整合性 ベトナムは2005年にWHO GMPに加盟し、国内の既存工場は2010年までにこの基準に適合することが求められました 。これは、国内の医薬品製造品質を国際的な水準に引き上げるための重要な一歩でした。現在、ニプロファーマ・ベトナムのような企業は、PIC/SおよびWHO-GMPに準拠した高品質の医薬品を製造しており、日本、米国、欧州を含むグローバル市場への供給体制を整えています 。
しかし、2024年10月末時点の医薬品管理局(DAV)の報告によると、国内のGMP認証施設のうち、EUまたは日本のGMP基準を満たしているのはごく一部に過ぎないとされています 。この事実は、多くの国内施設において国際的な高水準のGMP基準との間にギャップが存在していることを示唆しています。このような状況に対応するため、ベトナム政府は、新たな入札政策においてEU-GMP基準を満たす国内企業を優遇する方針を打ち出しています 。さらに、首相決定270/QD-TT-gに示された2030年までの医薬品産業発展計画と2045年までの展望では、国内資源を活用した医薬品、賦形剤、特殊医薬品、新薬のGMP準拠工場の建設が主要な投資プロジェクトとして挙げられています 。
国内企業の中では、ImexpharmがEU-GMP認証を受けた工場群と生産ラインを多数保有し、研究開発とハイテク医薬品への投資を通じて持続的な成長を牽引しています 。また、EVFTAは、国内企業がEU-GMP標準の製造工場を開発し、ブランド価値を高め、国内消費を増やし、EU市場への輸出を促進することを奨励しています 。現在、ベトナムの全医薬品工場240社のうち、25社(10.4%)がEU-GMP、PIC/S-GMP、Japan-GMP、US FDAなどの高水準GMP基準を達成していると報告されています 。
GMP認証の要件とメリット GMPは、製造および試験の管理と統制に関する世界的に認識された用語であり、食品および医薬品の全体的な品質管理を保証します 。
GMP認証の主要なガイドラインには、以下の点が挙げられます 。
- 製造プロセスが明確に定義され、管理されていること。全ての重要なプロセスは、一貫性と仕様への適合性を確保するためにバリデーションされていること。
- バッチの完全な履歴を追跡できる製造記録が維持されていること。
- 販売または供給から任意のバッチをリコールできるシステムが利用可能であること。
- 食品や医薬品が人間の消費にとって安全でない汚染物質による交差汚染を防ぐために、管理された環境条件が維持されていること。
GMP認証の取得は、企業に多くのメリットをもたらします 。
- 製品に対する消費者の信頼が高まる。
- 再作業や不適合による罰金のために運用コストが削減される。
- 輸出機会が拡大する。
- 検査の重複が減少する。
- 製品の品質と安全における安全リスクが低下する。
- 関連する法律や規制の理解と遵守が向上する。
- コスト削減につながる。
外国製造施設に対するGMP評価 ベトナムで医薬品の流通登録を行う際、外国製造施設はGMP適合性評価の対象となります。特に、ベトナムで初めて医薬品登録を行う外国製造施設、保健省によってまだ評価されていない生産ラインで製造された医薬品、ベトナムで初めて登録される有効成分である医薬品原料、または初めて登録される植物由来成分を製造する外国施設の場合、GMP適合性評価の申請が必要となります 。
GMP評価の方法としては、以下のいずれかが適用されます 。
- 文書評価: ベトナムとGMP検査の相互承認協定を結んでいる国、またはICH加盟国やオーストラリアで、USFDA、EU、EMA、TGA、PMDA、Health CanadaからGMP証明書を取得している製薬会社の場合に実施されます。
- 現地検査: 登録申請に偽造または不正確な疑いがある場合、製薬会社が保健省の決定に基づく第一級の違反を犯した場合、または提出された文書がGMP適合性を証明するのに不十分と判断された場合に必要となります。
検査内容には、GMP要件と品質管理規制の遵守、GMP証明書の合法性と適合性、施設の適格性、生産ラインの運用(製造、試験、保管におけるGMP要件の適用)などが含まれます 。
GMP基準とコンプライアンスに関する考察
偽造医薬品の問題が市場の信頼を損なう中で、強固なGMP準拠、特にEU-GMPやSRA基準への適合は、単なる規制上のハードルではなく、競争上の重要な優位性となります。これは、品質問題に悩まされる市場において、製品の信頼性を確立し、差別化を図る上で極めて重要です。
ベトナム政府は、国内企業を国際的なGMP基準(特にEU-GMP)に引き上げることを積極的に推進しています。これは、入札政策におけるEU-GMP準拠企業の優遇や、首相決定270/QD-TT-gにおけるGMP準拠工場の建設目標に明確に表れています。この動きは、外国企業がベトナムの戦略的目標に合致する形で、現地企業への投資や提携を通じて、これらの基準達成を支援する機会を創出します。これにより、外国企業は市場アクセスを確保し、ベトナムの医薬品産業の発展に貢献することができます。
厳格なGMP要件、特に外国施設に対する評価プロセスは、市場参入の障壁となる可能性があります。しかし、これらの要件は市場全体の品質水準を向上させる役割も果たしています。すでに高水準のGMP基準を満たしている外国企業は、この点を競争優位性として活用し、相互承認制度などを通じて合理化されたプロセスから恩恵を受けることができます。これは、高品質な製品を提供する企業にとって、市場での差別化と効率的な参入を可能にする機会となるでしょう。
結論
ベトナムの医薬品市場は、急速な成長と政府による戦略的な変革の途上にあります。人口増加、高齢化、慢性疾患の増加が市場拡大の主要な原動力となり、2026年には161億米ドル規模に達すると予測されています 。現状では輸入医薬品が市場の58%を占めていますが 、政府は「2030年までの製薬産業発展計画」において国内生産の強化と自給率向上を明確な目標として掲げています 。
このような状況において、外国企業がベトナム市場で成功を収めるためには、多角的な戦略的適応が不可欠です。
- 規制環境への戦略的適応: ベトナムは、2024年改正医薬品法やCircular 12/2025/TT-BYTなどの最新の法改正を通じて、保護主義から管理された自由化へと移行しています 。外国投資企業(FIEs)の権利が拡大され、技術移転製品の買い戻し、APIの輸入、卸売業者への流通、治験薬の配送などが可能になりました 。しかし、エンドユーザーへの直接流通は依然として制限されており、現地卸売業者や製造業者との連携が不可欠です 。企業は、これらの拡大された権利を活用しつつ、ベトナムの国内流通チャネル保護の意図を理解し、それに沿った市場参入戦略を構築する必要があります。
- 現地化とパートナーシップの重視: 政府の国内生産促進目標(2030年までに医薬品原材料の国内需要の20%を国内生産で供給 )と、EU-GMP基準を満たす国内企業を優遇する入札政策 は、外国企業にとって現地生産への投資、技術移転への関与、またはEU-GMP準拠の現地企業との戦略的パートナーシップの形成が長期的な成功の鍵となることを示唆しています。単なる輸入に依存するだけでは、将来的には競争力が低下する可能性があります。
- 品質管理とコンプライアンスの徹底: 偽造医薬品や粗悪品の流通は依然として課題であり、市場の信頼を損なう要因となっています 。このため、強固なGMP準拠(特にEU-GMPやSRA基準)を示すことは、単なる規制要件を超えて、製品の信頼性を確立し、競争上の優位性を築くための重要な差別化要因となります。トレーサビリティ技術(バーコード、QRコード、ブロックチェーン)への投資も、政府の取り組みに沿い、ブランドの評判を保護する積極的な戦略として有効です 。
- 複雑な登録プロセスの管理: 医薬品登録プロセスは、Circular 12/2025/TT-BYTによるCPP要件の緩和やEMA/SRA承認の重視といった合理化の取り組みが見られるものの 、実務上の承認期間は依然として長く、予測不可能な場合があります(12〜15ヶ月の可能性) 。また、審査官からのフィードバックの多様性や、書類の再提出要求といった課題も存在します 。このため、企業は想定よりも長い期間を見込み、十分なリソースを割り当てて継続的なフォローアップを行う必要があります。ベトナムに代表事務所を設立し 、深い知識と経験を持つ現地薬事担当者や専門コンサルタントを起用することが、複雑なプロセスを円滑に進め、コンプライアンスを確保する上で極めて重要です。
ベトナムの医薬品市場は、その成長性と政府の支援策により、外国企業にとって大きな機会を提供しています。しかし、その機会を最大限に活かすためには、進化する規制環境を深く理解し、現地市場の特性に合わせた戦略的なアプローチと、品質への揺るぎないコミットメントが求められます。